神々の輪舞


世界の頂点に君臨するサッカークラブ。
【横浜ケルベロス】

世界中のサッカー選手が挙って移籍したがるサッカークラブでありながら奇妙なことに海外選手の割合がとても少ない。その理由は未だに語られることがない……。

その世界NO.1のチームでキャプテンをはっているFWの河本鬼茂選手。
彼のその洗練されたテクニックはさながらサッカーの神様「エレ」を彷彿させる正に世界の鬼茂。
その他にも、藤田や奥など多くの日本人がこの世界の頂点に君臨するサッカークラブでスタメンを獲得している。

ある日のサッカー誌にこう言った題名の記事が出た。
「ついに発覚!横浜ケルベロスの謎」

その日、オーナーの鷹氏のところに記者の方が来ていた。
インタビューの席に向かうとそこには驚くべき光景があった。

チーム全員の姿があった。記者がそう言った訳でもない。ましてや、あの寡黙なオーナーがこんなことをするわけが無い。
記者は驚きつつも席についてインタビューに入った。
「なぜ、世界の頂点に立つ横浜ケルベロスには海外選手が2名しかいないんですか?世界の頂点に立つクラブともなれば多くの有力海外選手を保有することも可能でしょう。」

その質問に答えたのはオーナーではなかった。
キャプテンの河本だった。
河本は静かに横にあったフラッグを眺めながら引退した一人の選手について語り出した。

その名は「中村俊輔」
河本鬼茂と同時期に入団。入団当初から河本と若くしてスタメンを射止めた逸材。
フロント側の期待も大きく将来を有望視された若手の選手だった。
「オレは彼に憧れに近いものを抱いていた。」
そう、河本選手は語った。
河本選手と中村選手は、ほぼ同時期に留学に出た。
河本はダカールへ、中村はポルトへ。

河本選手は、留学時に身に付けたフィジカルやテクニックでスタメンの座を射止めつづけてチームに存在感を与えつづけた。また、中村選手も河本選手とともにスタメンの座を射止め河本選手へ絶妙なパスを演出しチームに良い影響を与え続けた。
MVPも何回も受賞し彼の人生の頂点であった。

しかし、監督が契約終了と共に変わったことにより彼の扱いは変わった。
彼の弱点でもあった守備意識の薄さからスタメンの座を失った。
スタメンからサブへ。サブからベンチ外へと。
それでも彼は腐らなかった。いや、腐るという言葉は彼の中に存在しないのだろう。

どんな扱いを受けても必死になって練習をこなし続けた。チーム練習の後も一人残って練習をし続けた。
試合に出れるかもしれないと分かれば人知れずウォーミングアップをして出場機会を待ち続けた。
そんな姿を見てサポーターは嘆願書を作った。
あそこまで必死な中村選手をどうしても試合に出してやりたかった。それでも、監督は意向を変えず彼の出場機会は無かった。
移籍も考えただろう。それでも、彼はこのチームから離れることは無かった。

そして月日は流れた…。
彼も36歳になり、若手選手が台頭し彼の活躍の場は無い。
彼はオーナーの元に訪れて引退を表明した。
それを聞いたオーナーは監督に彼が引退するまでの試合を全てフル出場させて欲しいと言った。
監督もオーナーからの希望となれば従うしかなかった。

そう、彼は再びトップ下としてピッチに帰ってきた。
河本選手とまたプレーできる喜び。
彼にだけ寄せられるサポーターの大きな声援。
引退までの試合は全て彼の独壇場だった。
ピークを過ぎたとは思えないその技術の冴え。圧倒的なフィジカル。一瞬のひらめき。
どれを取って他の追随を許さない。

ここに神が舞い降りた。
二人の神が踊っているようにサポーターは感じた。
各雑誌も中村選手を取り上げた。

そして、いつまでも続くと思われた試合も今日で終わり。
NY杯の決勝戦の相手はライバルのオイリスだったが、この試合も中村選手の独壇場だった。彼を止めることは誰にもできず横浜ケルベロスは得点を重ねつづけて優勝した。

優勝後のピッチで彼はマイクの前に立ちスタジアムにいた人たちに向けてこう言った。

「日本人も悪くないでしょ?俺が証明したから!誇りを持ってくれ!」

最後に監督・オーナーに向けて「今までありがとうございました!!!!!」
頭を下げて大声を張り上げてそう言った。
ピッチを去る彼の姿は威風堂々。
サポーターやライバルサポーターからも大声援が送られた。
それに感銘を受けたのは誰でもない。監督だった。
酷い扱いをしておきながら腐らずに頑張っていた彼を起用しない自分を嘆いた。

「監督の身分で語るのはおかしいが、俺は彼を馬鹿にしていた。もう少しだけ彼の言葉を信じてやりたい。」
オーナーは何も言わずにただ頷いた……。

そう、これが横浜ケルベロスの謎の真相だった。
あまりにも短絡的な理由だった。もっと何かあるのかと思った。
ただ、記者は呆然としていた。
こんな理由なのかと思ったが質問する暇なくオーナーを含めてチームのみんなは席を立った。

「最後に一つ良いですか?現在、チームはJ1完全制覇10連覇に王手が掛かっていながら2NDステージは優勝が絶望的と言われています。そんな中でも皆さんはその言葉を信じて日本人だけで戦い続けるのですか?」
記者は去ろうとしているオーナーたちに向けて言った。
しかし、オーナーは怒る事無く……。
「たったそれだけだが、それがうちのチームが世界で君臨できる理由だよ。」
そう、オーナーが言った一言に中村選手の姿が重なった…。

発売1ヵ月後、絶望的と言われた2NDステージ優勝を劇的な勝利とともに勝ち取りJ1完全制覇10連覇の偉業が達成された……。