リスタート
〜ピッチ上からのありがとう〜


「またか…。もう何回目だろうな。」
彼はそう言ってクラブハウスを出て行った。

彼の名前は、「グラーフ」

天才の名を欲しいままにした、世界が認める最高のMF。しかし、彼にはその難儀な性格のためチームの核になる事が無かった。
また、いまのチームも追われた。追われた理由は簡単だった。
チームメイトや監督とのそりが合わないからだ。
もうチームを変えるのは何回目だろうか…。数えても数えたり無いぐらいチームを変えてきた。

チームためにやってきたことがそんなに悪い事なのだろうか?
勝利のために移籍したり入団したのに入ればやることはまるっきり違う。
監督、監督、チームメイト、チームメイト。その次に出てくるのは、個人技ばっかり…。
グラーフはそんなチームやチームメイト・選手、監督に嫌気が差していた。

それから、酒浸りな生活が始まった。
昼夜を問わず酒を飲み、暇になれば寝て、また酒を飲む生活。医者に止められるように言われても言う事を聞かない。もう、歯止めが効かないほどに荒れていた。
だが、それでもタバコは一切吸わなかった。理由なんて無かった。どんなに吸おうと思って吸えないのだ…。
これほどまでに荒れた選手を取り上げたり移籍させたりするチームは無く彼の存在は徐々に薄れていった。

ギィィ……。
ドアが開いた。
「こんな荒れた選手に何のようだ?もう来たくなかったんじゃないのか?」
そう、皮肉を混ぜてグラーフは語りかける。玄関に顔を向けなくても分かっていた。こんな荒れた選手を見たがる奴なんて一人しかいないから。
そこに居たのは、元彼専属のスカウト「メドマン」だった。彼は、これほどまでに荒れた生活をしていたグラーフに見切りをつけてスカウトを辞めていたのだ。
「あぁ、こんなアンタを見に来たくて来たわけじゃないさ。」
「んじゃ、何のようだ?見知った仲なんだ。さっさと用件を言ったらどうだ?」
ドアの方に身体を向けなおしながらそう言った。
「貴方の技術を先方は高く評価している。グラーフ選手を移籍させたそうだ。」
その凛とした表情でそう言った…。
「ふざけるな!!!!!こんな俺を取りたいチームなんているか?!どうせ、面白がっているんだろ!あぁ、そうだよなぁ…。どうせ、またすぐにチームを辞める事になるんだ!お前の株を下げるだけだぜ?」
彼は今までの感情を堰を切ったように捲くし立てた。
「はっ!そんなことを誰が信じるんだ?」
「私もこの話を聞いたときに『馬鹿げている』と言った。貴方の様子を教えた。」
目を逸らさずにそう言った。
「だったら…。俺に構うなよ!!!!!!」
周りの迷惑も顧みず声を張り上げて言った。
しかし、メドマンは続けて。
「先方は貴方を信じて待っている。難儀な性格も全て受け入れてくれる。貴方次第なんです。明日、もう一度だけ聞きに来ます。それまでに決めておいてください。」
そう言うと、メドマンは静かに去っていった…。

メドマンが帰った後の部屋は妙に静かだった。
グラーフは静かに今居た部屋を出た。向かった先は……。

数々の賞を受賞した時に貰ったトロフィーなどを飾ってある部屋だ。
それらを触りながら一言呟いた。
「……俺、もう一度出来るかな……。こんな性格の奴を受け入れてくれるか?お前らと別れたから俺はどうすることもできない……。」
視線を向けた先にあるのは古びた写真。そこには、オランダ代表で一緒にプレイしていたバステンやフォーリット・リッカートと一緒に撮影したものだ。
「俺に…もう一度だけ…。チャンスをくれるか?ピッチに立てるか…。」

次の日。
メドマンは、グラーフの部屋の前に居た。
「無理なら諦めよう。オーナーも納得してくれるに違いない。いや、納得してもらわなかったら仕方が無いか。それでも、あの人は…。最高の選手だもんな…。」
グラーフを推薦したのは彼自身だ。
難儀な性格があっても、彼の技術は絶対的なものがあったからだ。
だからこそ、彼をもう一度ピッチに立たせてやりたかった。
部屋に入ると、昨日は暗かった部屋が物凄く明るかった。
メドマンは思わず、手を翳した。
その先には、凛とした表情でこちらを見ているグラーフ選手。
昨日とは別人のような顔をしていた。そう、この顔こそがあの世界が認めたサッカー選手。グラーフ選手だ。
「答えは決まりましたか?ふぅ…聞くのは野暮でしたね。」
笑顔のままメドマンはそう言った。
「あぁ…野暮だな。でも、言わせて貰うよ。俺はそのチームに行くよ。もう一度サッカーをしたい。ピッチに立ちたい。また仲間とプレーする気持ちを味わいたい。」
そういった彼の姿に昨日の姿は無い。
全てを振り切った顔があった。
「そうですか…。分かりました。では、日本へ行きしょう。そこが貴方の新天地です。」
またそこに居たのは、スカウト「メドマン」の姿だった。

後ろを振り向いてグラーフは言った。
「ここに帰ることは無いな…今までありがとう。そしてさようならだ。」
「では、行きましょう。もう一度、世界へ教えてあげましょう!」
手元には簡単に纏めた荷物と右側には見知ったスカウト。
そして、胸にはオランダ代表の時に撮影した仲間との写真を収めて光へと歩き出した。



電撃的な移籍がチーム駆け抜けた。
こんな難儀な性格の選手を入れることをチームメイトみんなが不安がった。
しかし、練習をしているグラーフには一様に驚いた。
悪いうわさしか聞いていなかったが、そこにいるのは真面目に練習を受けている姿があった。
その姿をみたチームメイトは自然と彼の元に集まっていった。
もっとも彼に懐いたのは、新人の澤登だった。若くしてチームに認められた選手だった。
またグラーフも気持ちが良かった。監督やチームメイトは良い奴ばかりだった。自分の難儀な性格を受け入れてくれた。
そして、サポーターも暖かい声援をくれた。



「ワァァァァァ!!!!!!!」
大声援がスタジアム中に響き渡る。
「聞こえるでしょうか?この大声援はこの選手のために送られています!奇跡の復活を遂げた世界最高のMF…。グラーフ選手が、いまピッチに立ちました!!!!」

「もう一度立てたんだな…。」
感慨深げにそう言った。
「ほら!円陣組みましょうよ。グラーフさん。」
チームの澤登選手が言った。
「あぁ、そうだな。行くぞ!!!!!」
円陣の中心でそう高らかに叫んだ。

キックオフ直前、グラーフは一人のスカウトへ目線をやった。
「ありがとう、そしてスタートだ。」

ピィィィーーーーー!!!!!
そう、ここに再びグラーフの伝説が始まる。