古びた思い出


「あのね、おじさん。この人誰?」
まだ10歳にも満たない子供が笑顔で初老の男性に話をかけている。
その初老の男性は。
「この人はね、世界を驚かせた選手だよ」って笑顔で答えて上げた。
「そうなんだ。この人どんな人だったの?」
「長くなるけど良いかい?お父さんお母さん心配しない?」
初老の男性は心配そうに聞いたが少年は小さくOKサインをした。
初老の男性はその選手の写真を見ながら語り始めた。

あるサッカークラブの11番は永久欠番である。
彼の名前は立浪重則。世界一に引っ張り上げた世界No.1のSMFである。
彼を見かけたのは小学校だった。
たまたま小学校に足を運んでいたその頃まだ駆け出しの新米スカウトの大泉太郎は鮮やかにサイドを駆け上がる選手を見た。大泉はすぐに彼の元へ駆け寄り色々な話をした。
中学校・高校と実力はドンドン伸びていった。
高校では全国一になり、高校生でありながらU-22にも選ばれた。
高校3年生にもなるとJから国外のクラブからも声がかかった。年棒なども高額で嬉しいはずなのに彼の顔には笑顔が無い。
そんな中、彼の自宅に一人のスカウトが向かった。
ピーンポーン…。
「立浪!居るんだろ?話を聞いてくれ。」

この声に聞き覚えがあった。
小学校から色々な事を教えてくれたあのスカウトだった。
スカウトは彼が喜ばない理由があることを知っている。
実力はあるのに彼は年上を敬う気持ちが大変強い。年上を差し置いてサッカーをしたり自分に卑屈になってまで来て貰うような人を嫌っていたが先方に対して失礼をしたくないためどうしても曖昧な返事になってしまう。
スカウトは率直に言った。
「うちに来ないか?強いぞ、勉強にもなる。」
この言葉を立浪は待っていた。

4月
立浪はスカウトが在籍しているクラブに入団した。
立浪が入団したクラブはいまや世界最高峰のクラブと謳われる。ただ、ライバルとの戦歴からすると若干負け越し気味である。
入団直後に紅白戦が行われた。
当然、報道陣やサポーターなどはレギュラー組だろうと予想していたが物の見事に紅白戦にも出場できなかった。
それでも彼にとっては新鮮な気持ちだった。
『紅白戦に出場出来なかったのは何年ぶりだろう。』
そんなことを思っていた。
「よし!立浪、白に入れ。右サイドだ。」
監督が立浪に向けて叫んだ。
「宜しくな、新人さんよ。あまり期待してないけど頑張れよ。」
そう皮肉を言われるのも新鮮だった。
紅白戦の後半がスタートすると良い動きをした。
技術・クロス。完璧だった、彼から得点が生まれた。
試合終了後、チームメイトがよってきた。

「良いクロスだ。また頼むぞ、新人。」
そう笑顔で言ったのは、小笠原選手だった。
立浪にとってはそれが有り難かった。

そして、J1開幕!初戦の相手は、ライバルオイリス!
立浪に何十億も提示したクラブ。
この対戦は世界中が注目している。

そして立浪は?と言うと…。
サブに居た。サポーターは動揺した。
日本トップクラスがサブスタートなことに動揺していた。

試合開始。
序盤から猛攻を仕掛けるオイリス。対抗して小笠原を中心になんとか抵抗する。しかし、前半40分にオイリスのFW尾坂にヘディングで先制されて前半終了。
後半に入ってもオイリスの猛攻を必死に守る中後半30分に事件が起きた。
チームの核を担う小笠原が相手のスライディングにより怪我をしてしまう。

「まだ、大丈夫です。やれますよ。」
そう語る小笠原選手の顔は酷く引き攣った笑顔になっていた。
そこに現れた監督は小笠原に交代を告げた。
「そんな…。……俺はチームの核なんです!!!!!この試合に負けたらチーム全体の士気が下がってしまう!俺じゃなきゃ駄目なんです!!!」
必死に監督に抗議している姿をただただ見ていることしか出来ない立浪…。
「そこまで考えているなら尚更だ。お前の怪我を悪化させて戦線離脱されるほうがチーム全体の士気を下げる事に繋がる。」
監督は決意を表しながらそう言った…。
何も言う事が出来ない小笠原。
小笠原の代わりを指名されたのは立浪だった。
「残り15分だ。使命は小笠原の意志を受け継げ!」
監督はそう彼に向けていった。
「小笠原は必死だ。そしてチーム全体も必死だ。あの必死さをそばで見ていたろ?あれがうちのチーム、サッカーだ。」
そう言ってピッチに向かわせた。
立浪はただ、首を縦に振り静かに立ち上がってピッチに向けて歩いた。


チームメイトは笑顔で出迎えた。
「さぁ、しっかりやろうか。新人さん」
そう言ってくれた。
試合が再開すると立浪は高い能力を見せつけた。
そして、交代して5分にサイドを駆け上がる立浪からのクロスに海堂が合わせてボレーシュートを決めて同点。

残り5分…。
未だに止むことのないオイリスの猛攻。
それに耐える立浪を擁するチーム。
そして一瞬の隙をついた立浪が相手のMF牧野からボールを奪うとチームメイトは一斉に駆け上がった。
そう、カウンターを仕掛けた。
相手ゴールへ猛然と走る立浪選手。
『もう心臓が止まりそうだ。ゴールまで走れるか?』
そう、自分の心に問いかけながらゴールマウスまで駆け抜けた。
その時……。
スライディングをする相手DFにつまづきバランスを崩した。
「おい!新人!」
「立!!」
そんなチームメイトの声が聞こえた。
その中に妙にすっきりした声が聞こえた。
「小笠原の意志を受け継げ!」
監督が交代時に言った言葉だ。

ドクン…ドクン…。
『そうだ、小笠原さんが体を張って失点を抑えたんだ。あれだけ必死になっているのに、俺はこれしきの事で倒れるのか?いや、これしきの事で倒れるわけにいかないんだぁ!!!!』
バランスを崩した足を踏みとどませて目線を前にやると…。
見えているもの全てがスローに見えた。時間が止まっているような錯覚を感じた。
ボールからゴールまで赤い線が結ばれていた。
立浪は流れに身を任せそのまま自然と足を振り切っていた。
ボールは赤い線の軌道を描き綺麗な直線でゴールへと突き刺さった。
キーパーは動くことが出来なかった。

ピッピッピーー!

静まり返るスタジアム…。

怪我をした小笠原が立浪に向けて。
「立浪〜!やったなぁ!!!」
その言葉の後、会場に響きわたる大声援。駆け寄るチームメイト。
その中心に居るのは呆然とゴールに突き刺さったボールを見つめる立浪…。
怪我したにも関わらず立浪につめ寄る小笠原。
頬を叩いて、「お前がやったんだ。勝ったんだよ。」

それを聞いた立浪は我に返り腕を天高く上げて喜んだ。

鮮烈なデビューになった。



語り終わった初老の男性は少年に向けて。
「少々長かったかな。」
しかし少年は…。
「ううん、とっても楽しかった。」

その時。
「重則!帰るぞ。」少年の父親だろうか、少年に歩み寄る男性。
「重則?君は重則って言うのかい?」
初老の男性は目を細めて問いかけた。
「うん!お父さん、その選手に憧れて僕に名前を付けたんだ。」
少年は嬉しそうに答えると男性がすぐそばまで来ていた。
「貴方が今までこの子と一緒に居てくれたんですか?有り難うございます。」
少年の父親は頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして。」
そう言いながら去ろうとした初老の男性に少年の親は聞いた。
「失礼ですが、お名前を教えていただけないでしょうか?」

「重則です。」
初老の男性は笑顔を向けてそう言った。

むかぁ〜しむかぁ〜しのあるサッカークラブのお話です…。