屈辱の勝者


コンバート

スポーツ選手にとって馴染みのポジションを変更させられる屈辱。しかし、それは二通りの人生を見せてくれる。
勝者になるもの、コンバートした事により才能が溢れる選手。
敗者になるもの、コンバートした結果、自暴自棄になり才能が埋もれる選手。


そんなコンバートをさせられた選手が一人。
現在、横浜ケルベロスに在籍中の元SDF海堂大。

彼は当時18歳で他チームに入団。
幸い、海堂選手を小さい頃から知っているスカウトが居たので早速、調査に向かわせた。
他チームのオーナーはかなり渋っていたが、そこはスカウトの実力だ。
なんと一発でOKを貰ってきてくれた。

移籍金 20億9700万円
年棒   3億3000万円

これが先方の提示だった。移籍金については納得した。あれだけの大物を放出するんだから。
しかし、18歳の選手にあれだけの高額な年棒はオーナーの鷹は激しく悩んだ。

スカウトの説得もあり、オーナーも納得。
この条件で契約した。


冬も終わり春の知らせを告げる2月
クラブハウスの記者発表会場には沢山の取材陣が居た。
人数にして35〜40人程度。
これを見るだけでもかなりの期待がされていた事が如実に分かった。
記者会見が始まった。
「今月から我がチームに加わる事になった、SDFの海堂大選手です。彼には我々も期待しております。では、海堂選手何か一言。」
そうオーナーに言われてマイクに向かった。
「ただいま、自己紹介していただきました、海堂大です。横浜ケルベロスはとても魅力あるチームなので先輩と仲良くしていきたいです。」
と言いながら頭を下げた。
そう、彼はとても真面目な性格の持ち主だ。

記者会見も無事終わり、いよいよ在籍選手との顔合わせになった。
「おい!みんな、集まってくれ。」
監督がそう言うとガヤガヤしながら集まった。
「……。ふぅ…みんな聞いてくれ。彼が今月移籍した海堂大選手だ。」
監督に紹介されて一歩前へ出ると。
「海堂大です。宜しくお願いします!」
声を張り上げて挨拶した。
多くの選手が吃驚する中一人だけ真剣に海堂の言動を見ていた。

「くっっ……。あっははははは!!!!!面白い!!!!」
笑っていたのは真剣に海堂の言動を見ていたはずの選手。
「海堂大……。確かにこりゃぁ大物だな。あはははははは!!!!!」
一瞬、海堂はムッとした。
『誰だ?このムカつく人は…。』
そう思っていると、一人に選手が続けた。
「まぁまぁ、キャプテン…。新人なんだから元気で良いじゃないか。」

海堂はハッとした。
『キャプテン…。横浜ケルベロスが誇る最高のFW…。河本鬼茂選手。現役選手としてもう長くはないと言われていてもその技術やフィジカルは未だにチーム随一。』
我に戻ると目の前に鬼茂選手が居た。
「自己紹介する、俺は河本鬼茂。とりあえずキャプテンだ。呼び方は好きに呼んでいい、俺も好き勝手にお前を呼ぶから。分かったな?」
威厳に溢れた口調だった。プレッシャーが自然と掛かった。

『これが世界の選手だろうか?』

「次に、これから一緒にプレーする事になる選手の紹介は各々から聞くだけだ。」
鬼茂は海堂の緊張などを感じることなく淡々と話していく。
「練習再開だ、行くぞ。」
そう言うと選手が再び練習場へ向かった。
ボーっとしている海堂に対して先輩選手の藤田選手が肩を叩いた。
「ほれ、なにボーっとしているんだ?練習始めるぞ。」
「あっ!はい!」
先を走る藤田選手の後を追った。

横浜の練習量は半端じゃなかった。体力に自信のあった海堂も吃驚だ。
海堂が肩で息をしているのにスタメン組は平気な顔をしている。
たった1年違うだけでもレベルが違っていた。
基礎的な練習が終了するとすぐに実践的な練習に入った。
パスワークやシュートなど……。

その中で海堂はちょっと変わった練習をしていた。
スタメン組のサイドへのパスへ駆け上がるという奇妙なものだった。
そう、フロント側が求めたのは積極的な攻撃参加。
今までの海堂のスタイルを変える事だった。
ここでは、チーム全体の守備意識の向上とともに攻撃意識の向上も求められた。そのため、DF陣でもドリブルやシュート・ヘディングなど攻撃練習もこなしていた。
「駄目だ!駄目だ!遅い!それじゃ相手DFに阻まれるぞ!!!!!」
ACの怒号が聞こえた。
「はぁはぁはぁ…。はい!!!!」
「ほら!!!!行くぞ!!!!小野頼んだぞ。適当に切り上げてくれ。」
ACは小野にそう言って引き上げた。
「期待してるんだな。まぁ分からないでもないが……。」
背中にもたれて選手が言う。
「なんだ、鬼茂か……。嫌でも期待しちゃうからな。」
ACは苦笑しながらそう言った。
「そうか……。良い面してるからな。でも、辛いかもしれないな…。」
そういうと鬼茂は去っていった。
ACの顔は若干強張った。


入団2ヶ月ともなると練習にもなれ、以前のように肩で息をすることも無くなった。
また、練習メニューもシュート練習のほかにもフィジカルと中心に変化していきかなり身体も出来てきた。
今日も、ACに言われてフィジカルルームに向かっていた。
フィジカルルームに着くとそこには既に練習に入っていた、鬼茂選手が居た。
ベンチプレス60Kを平気でも持ち上げていた。
海堂選手が入っているのも分からないぐらい練習に集中していた。
シャツなどの着る物は無く、上半身裸で練習をしていた。
それを見ると。
肉体だけはまだ最盛期の20代を思わせるものだった。
「ふぅ…。ん?なんだ、海堂か…。どうした?」
鬼茂は海堂に目をやってそう尋ねた。
「え?あぁ、いやACに言われて来たんです。」
海堂は冷静を装うようにそう言った。
「そうか………んじゃ、先に上がる。気をつけろよ、オーバートレーニングは意味無いからな。」
上半身裸のまんまフィジカルルームを出て行った。

1STステージも終了。
もちろん、横浜は1位で勝ち点40点で優勝。
7月のキャンプ前に招集がかかった。
「新人には分からないだろうけど、2NDは新人を起用していく!分かったな?」
監督が言うことに、海堂は吃驚した。
『新人を起用?ってことは、俺にも試合に出れるチャンスがある!!!』
内心、かなり喜んでいた。
確かに、練習ばかりで退屈していた事もあったけど試合に出れるとなれば嬉しかった。
鬼茂選手が彼の横を歩きながら。
「ちゃんと練習しておけ。それが自信に繋がる。」
そのまま通り過ぎた。
海堂選手にとってはそれも嬉しかった。


2NDステージに入り海堂にも多くのチャンスが巡ってきた。
最初は途中出場だったが徐々にフルタイム出場できるようになっていた。また、ACの練習の成果か当たり負けもしないし、サイドからのチャンスを演出できるぐらいだった。
そう、あの苦しい半年が彼の実力を数倍にも引き上げていた。

2NDステージも優勝した。海堂の最終的な成績は。
15試合 7得点 評価点6.5
と中々の成績だった。
これには、当の本人もかなり満足していた。
今年は契約更改も無く来年も同じように過ごせるのかと思えたが…。


1月の初旬に海堂選手はオーナールームへ呼ばれた。
コンコン……。
「失礼します。海堂大です。」
丁寧な口調で言った。
「あぁ、どうぞ。」
オーナーも言い返した。
海堂選手が入るとそこにはオーナー以外にも監督やACも居た。
腰を掛ける海堂選手に対してオーナーは一言。

「今年から君をSDFとして起用はしない。」
「えぇ?!ちょっと待ってください!SDFが要らないんですか?」
「そうだ。」
涼しげにオーナーは言った。
「そう…ですか。分かりました、俺は解雇ってことですか?」
自分のポジションが要らない。ともなれば、思う事はただ一つ。

解雇…。

そう思っていたが。
オーナーはさらに言葉を続けた。
「1年での解雇なら君を獲得はしない。君には、SDF以外の適正もあるとACと監督から聞いている。」
「え?」
「今年からSMFとしてチームを引っ張って欲しい。」
思いもしない言葉だった。
しかし、彼の逆鱗に触れる事になる。
「そ…そんな!!!!!!貴方たちに何が分かるんですか?必死になってSDFにコンバートしたっていうのに!!!また、元のポジションに戻れって言うんですか?」
『しまった!』っていう顔をした。
そう、現在でこそ彼のポジションはSDFだが元はSMFなのだ。小さい頃にSMFのポジションに居たが彼よりも上手いSMFが入団したためにSMFを追われてSDFへコンバートした経歴を持っていた。
「屈辱なことは十分承知している。君が元はSMFだったことも。しかし、うちのチームには君のようなSMFが欲しい。」
オーナーもバカじゃない。獲得に際して、スカウトに彼の過去について聞いていた。
「屈辱を知っているからこそ君にSMFとして再復帰して欲しい。自分で勝利を掴みとって欲しい。」
「………考えさせてください。俺には、屈辱に耐える自信が今はないですよ。」
そのままオーナールームを出た。

『俺はどうしたら良いんだろうか…。』

そう考えていても結局向かう先は同じ。
練習場、小さい頃から練習場という場所が好きだった。
彼にとって苦い思い出のはずのSMFからSDFへのコンバート。それでも、サッカーへの情熱が失われる事は無かった。
「俺……。戻っても勝てるか?コンバートって言葉を聞くのはもう何度目だろうな…。やっぱり慣れないよ。」
涙ぐんでそう言った。

「どうした?」
そう言ってくれた先に居たのは。
藤田選手と鬼茂選手。
慌てて涙を拭くと。
鬼茂選手はふと一言。
「コンバートか?」
なにか確信があったかのように言った。
「コンバートね〜。あれは耐えらん無いな…。」
藤田選手はそう言いながら鬼茂選手を見た。
「え?」
「俺らも一度コンバートした事あるんだ。俺はSMFへ。鬼茂はOMFへ。あれは厳しかったな。」
笑顔でそう語った。
「コンバートってなんであるんですかね?」
疑問に思った事を言ってみた。
藤田選手は表情を変えることなく。
「コンバート?そりゃぁ、勝者になるためだろうな…。」
「勝者?」
「そう、勝者。自分が慣れ親しんだポジションを追われるっていうのは選手にとっては屈辱だろ?だけど、その屈辱に勝った奴って負ける事を知らないと思うよ。だからこそ、コンバートってあるんじゃないのか?」

………海堂は思い出していた。コンバートした時の事。確かに、屈辱だった。でも、その後のサッカー人生は完全に変わった。SDFにコンバートしたからこそいまの自分があるような気がした。

「さてと、なにか思い出に浸っているみたいだから俺らも行くか。」
藤田選手は鬼茂選手をみてそういうと去っていった。
「あ!そうそう、コンバートしてみな。人生が変わると思うよ。コンバートした海堂には勝者の顔が似合ってると思うな。」
そう去り際に言った。


3日後
オーナールームに居る海堂選手。
「決めました。俺は、SMFにコンバートします。」
「よし、分かった。SMFの基礎は既に去年の時点で染み付いているはずだ。ACポルトに知り合いが居るからそこに2年間留学して欲しい。多くの選手がそこに留学しているから向こうの選手も日本語がペラペラだから心配するな。」
「はい!!!!!!!」
気持ちのいい返事だった。


留学当日
そこには、海堂選手を見送ろうと多くのチームメイトが来ていた。
「やっぱりコンバートしたか。」
藤田選手がそう言った。
「えぇ、俺、勝者になって帰ってきますよ。期待して待っててくださいね。」
藤田選手を目の前にしてそう啖呵を切ってみせた。
搭乗口へと消えていく海堂選手。
「アイツ、大丈夫か?」
「いきなりSMFだろ?もしかして、挫折して帰ってくるんじゃないのか?」
あちこちで話し声が聞こえる。

そんな中、搭乗口を見つめる藤田選手と鬼茂選手。
「海堂なら大丈夫だろう…なぁ鬼茂。」
「あぁ……。アイツの面を見ればよく分かるよ。」
「そうだな……。」

「さぁ!!!!帰って練習だ。アイツの居ない間に成長しない訳に行かないぞ。」
鬼茂は言いながら後ろに振り返り。

『行って来い!あれだけの啖呵を切って成長してなかったら怒るからな。』




2年後
再びオーナールームのドアが叩かれた。
そこには見違えるほどの成長をしていた、海堂選手が居た。
「SMF海堂大、ただいまACポルトから帰って参りました!!!!!」
元気よく挨拶した。その顔には、自信に満ち溢れていた。
「それじゃ、早速チームメイトに顔を見せてやれ。」
「はい!!!!」
嬉しそうに駆けていった。
一番にこの姿を見せたい人が居る。
その人の元へ。
練習中のチームメイトに向かって大声で。
「ただいま、戻ってまいりました!!!!!!!!!!!」
練習中のチームメイトが顔を向ければそこには留学から帰ったばかりの海堂選手が。
駆け寄るチームメイト。
そして、藤田選手も。海堂は藤田選手に向けて。
「ありがとうございます、俺、勝者になりましたか?」
「あぁ、勝者だ。誰もが納得する勝者だ。なぁ、鬼茂。」
黙って鬼茂は頷いた。



彼は真の勝者になって帰ってきた。