悲劇の皇帝


「インターナショナルカップ、優勝はブラジルです!!!!!!!!!」

高らかに叫んでいるアナウンサー。
そして、思い思い喜んでいるブラジル選手達…。その中、静かに佇んでいた一人のCDF。

彼の名前は、バウアー。
人は彼をこう呼ぶ…………。
「皇帝」

彼は泣いていた。理由はあった……。
しかし、彼は語らなかった…。




バウアー選手はドイツに生まれ小さい頃からCDFとして練習を積んだ、みるみるうちに才能は開花していきチームを引っ張っていっった。16歳の時には大人を相手にしても大人顔負けの当たり負けをしない強さや精神力などがあった。
しかし、一度家に帰ればサッカーのときのような怖い顔や怒号が飛ぶことは無い。
その当時、バウアーの母親は病弱で入院費や治療費などで貧しかった。また、バウアーには弟や妹も居たため自分でバイトをして生活費に当てていた。
そんな、貧しい中でも楽しく笑ったり遊んだりしていた。
バウアーの両親は、彼が必死で働いて得たお金を受け取らず。
「自分のために使いなさい。貧しくても楽しく笑えればそれで良い、バウアーにはサッカーがある。家の事は心配しなくて良い。」
と励まして応援してくれた。
それが彼にとって、嬉しいことだった。だからこそ、彼は頑張ることが出来た。


18歳の時、彼はドイツの名門。
「FCミュンヘン」に契約金2億2300万で契約をした。

喜んで両親に報告をした。
両親や弟や妹も笑顔で出迎えてくれた。
そして、今度こそ彼は自分の両親にお礼を言った。
「ありがとう、ここまで頑張れたのは父さん・母さんのお陰だよ。本当にありがとう……。」
いつまでもこの笑顔が続けばいいと思っていた……。

彼が入団したFCミュンヘンは深刻的な最終ラインの脆さを抱えていた。そこでフロント側は日頃から噂のあったバウアーを獲得してその局面を打開しようと思っていた。

ブンデスリーグ、開幕。
スタメンには、ベテランに混じり一人の新人が…。
そう彼が居たのだ。
そしてスタジアムには彼の両親と弟と妹。
無邪気に手を振ってくる弟と妹。
それに恥ずかしながら応えるバウアー。

苦笑しながらも待ってくれるチームメイト。
良いチームにチームメイト・両親に感謝した……。


1年を経過してミュンヘンのクラブハウスに一本の電話が入った。
「はい、こちらFCミュンヘン」
「はぁはぁはぁ…。あっ、あっ…。バウゥ、バゥ………。」
「落ち着いてください、どのようなご用件ですか?」
「急いで、バウアーを呼んでください。バウアーの父です。」

その頃、当の本人は……。
「ヘディングの練習しておけよ。特にお前は制空権を支配して貰うから。」
「分かりました……。」
いつも通りに練習に精を出していた。
ACからも期待され、最終ラインやスタメン・監督からも期待されていた。
「ふぅ………。」
そこへ。

「バウアー選手〜〜〜〜〜〜!」
「どうしたんですか?」
「お父さんから電話です。なにか急ぎの用のようですから急いでください。」

急に胸騒ぎがした…。
何か家族にあったんじゃないのか?
まさかぁ!!!!母さんに?!

自然と走り出していた…。
「父さん!どうした!」
バウアー選手の怒号が電話越しに聞こえた。
「母さんが…母さんが……」
「母さんがどうした!!!おい、父さん!!!」
「倒れた……。」

受話器が手から落ちた。
『おい、聞いているのか?急いで帰って来い。』
『バウアー、どうした?』


聞こえているのだろうか?
それすら分からない…。
どこか遠くでそんな声が聞こえる…。

母さんが倒れた?
あの笑顔が見れないのか?
そんな訳ない……。
いつでも元気だ……。
そうだろ……。


母さん……………………………………。



それからどれぐらいの時間が経っただろう…。
どれぐらい経ってから病院へ行っただろう…。
覚えていない…。
母さんが病院のベッドに居たのかすら分からない…。
なぜ、母さんなのか…。
泣いている弟や妹を励ます事も出来ない…。


その後、知らされたのは余命あと2年。
今はそれほど影響は無いだろうと医者は言った。
手先の痺れに始まり、失語症、身体の筋肉の急速な衰え、立つ事も出来なくなり、やがて寝たきりの生活が始まり死んでしまうと…。
最悪、植物状態になるとのことだった。

まだ初期段階であれば治療法もあったらしいがここまで進行してしまうと、治療の施しようがないとのことだった。

その間は、一切の練習も休んだ…。
FCミュンヘンからも、
「いまは、母親の元に居るべきだ。」と言ってくれた。

病院に倒れて4日後…。
ついに母親が目を覚ました。
「ん………。バウアーかい………すまないねぇ…。」
「そんなことはどうでも良いよ。大丈夫かい?」
「あぁ、元気さ。任しておきなさい。」
「最後のお願いを聞いておくれ、家族としてじゃなくて一人のサポーターとして…。」
「最後……?母さん、もしかして………。」
続きを言うべきか悩んだ。
バウアーも気付いた、もう母さんはとっくの昔から気付いていた事を。
それでも知らないところで必死に病気と戦っていた事も…。
「良いよ、なにが望み?」
「ドイツ代表のバウアー選手が見てみたい……。」
そう、サポーターが言った。

それを聞くと、バウアー選手はなにも言わずにドアに手をかけた。
そして、振り返らず。
「分かった、必ず代表になった姿を見せるよ。だから……死なないでね。」
そう言い残すと病室を出た。



クラブハウスに帰ってきたバウアー選手は死に物狂いになって練習をした。
その鬼気迫る緊張感に圧倒されたのはチームメイトだ。
なにか分からないけど、とにかくバウアーが何かを必死に繋ぎ止めようとしていたのは分かった。チームメイトは、今まで最終ラインを守ってきてくれたバウアーに何かをしてやりたいと思っていた。
チームは、突然強くなった。
FW陣は圧倒的なシュート力やヘディング力で得点を重ね、MFは決定的なチャンスを演出し、DFはバウアー並の鬼気迫る守備を魅せた。
GKは、相手チームのシュートや決定的な得点チャンスも全て摘み取った。

チームはリーグ1位となった。
そして、これがドイツの代表監督の目に止まった。


7月になった…。
バウアー選手や他のチームメイトもドイツ代表監督として招集された。
「これから調整に入ってもらう!2週間後にはインターナショナルカップがある。狙うは、優勝だ!」
「これで…これで…ようやく、約束を果たせるかな?」

そこで、突然最終ライン陣が呼ばれた。
「今回の最終ラインには、バウアーを中心に構成していく。」
すぐに練習が開始された。

順調に過ぎ…2週間後。

インターナショナルカップ開幕。

初戦の相手は、強敵オランダ。
しかし、いまのバウアー選手にとってはどうでも良いこと。
母さんに自分の姿を見て貰う事だけ。
いまのバウアーに怖いものは無い。
強敵オランダの猛攻も全て遮断する奇跡のような最終ライン。

2回戦、3回戦、準決勝と……。

順当に勝った。

決勝戦
相手は前回の優勝国ブラジル。
最強と謳われるチーム。

しかし、その前日にバウアーにとっての悲劇が襲う。

母親の急死………。
そう、ホテルの電話越しに伝えられた。


「うそだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バウアーは、ホテルの壁に拳を叩き付けた。何度も何度も、血が出て壁に彼の拳の痕がきっちり残っていた。しかし、誰に彼をとめることが出来るだろうか?
「うそだぁ!!!うそだぁ!!!そうだ、俺は!!!俺は!!!………まだ約束を守ってない!!!!!!」
そこに姿を見せたのは、父親だった。
父親はバウアーの頬を叩いた…………。

「なにをしている!!!!!約束?もう、守っただろ!!!!!!!!違うか!!!!!!」
呆然としているバウアーに向けて続けた言った。
「約束…母さんは喜んでいたよ…あそこに居るのはうちの息子なんですって…。その母さんの言葉まで無碍するのか!!!!!!!」

そのままバウアーは、何も言わずに部屋へ戻っていった……。


選手全体の士気が落ちた状態で決勝へ行く事になった…。
その道中もバウアーはどこかに心を置き忘れているような感覚だった。

決勝戦が始まる……。
やはり、最終ラインの要バウアーの士気が低くブラジルの猛攻は凌げない。前半23分、クロスを上げるロベカルに、合わせてリバウドがヘディングで下へ落としたボールをロナウジーニョがシュート!!!!!!!
これが決まってしまう。その後も失点を重ねてしまう。
何でも無いようなパスも要のバウアーの士気が低く糸も簡単に通り抜けてしまう。

前半を終えて、2−0。
ロッカールームに引き上げるドイツ代表。選手たちの顔からは疲労の顔が隠しきれない…。誰もが疲弊し、絶望に打ちひしがれていた…。
無言で、腰掛けるバウアーに対して監督が、いきなり胸倉を掴みロッカーへ叩き付けた。大きな音が響き渡る。


その次の瞬間………。



監督はバウアーを殴っていた。


「監督!!!!」
ACが詰め寄ってきたがそれにも目もくれずバウアーに視線を移しこう叫んだ。
「母親が死んで辛いだろう!!!!!!!だがな、その母親に申し訳ないか!!!!!お前を誇りに思って、そして一人のサポーターとしてお前の人生を見てそして最高な人生を歩んだその母親に対してこんなボロボロな試合をお前は母親に見せるのか!!!!!!!!」
なおも続けた。
「やれることをやってこい!!!!母親の弔いだ…誰よりも辛いだろう。だけど、辛さを一人で抱えるな。選手が居る、俺らが居る。勝って来い・・・!!!!!!」

涙が出そうになった…。

「……………………はい!!!!!!」


後半開始の前にドイツの選手たちは円陣を組んだ。
「負けない、俺らは誇り高きドイツ人だ。負けない!!!!!」
「オォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
スタジアム中に選手の声が響いた。

後半開始。
開始10分、ドイツからのスローイン。前線へ大きくフィードをする。そのボールを持ってゲームをメイクするのはベラート…。
誰も居ないところへパス。
誰もが失敗だと思った瞬間に駆け込んできたのは先ほどフィードをしたバウアー選手。
そのままゴールマウスまで20Mのところからシュート!!!!!

GOOOOOAL!!!!!!!!!!!!!


後半開始してついに覚醒したドイツ陣営。
ブラジルの前半にも増した猛攻。しかし、そこには正にフィールドの皇帝と呼ぶほどの存在感を示すバウアー選手。誰とも当たり負けのしない圧倒的なフィジカルと卓越した戦術眼。先を見越したアクション…どれを取っても世界NO.1のDF。

開始35分、しかしやられっぱなしのブラジルではない。ロナウジーニョによる個人技に翻弄されているところをサイドを駆け上がったロベカルに弾丸シュートを放たれて再度2点差をつけられてします。

後半も終了間際になり、FWのG.ミューレンとズーラーのコンビがついに爆発!!!!
3−2と追いつくも、試合終了……。

打ちひしがれる選手たち、そして視線の先には大喜びをしているブラジル代表。

そして、この裏側にあったことは一切語られる事なくバウアーの手記にしか書かれていない。
もちろん、涙の意味もプレス関係者は知らない。




ギィ…。
パソコンに向かい続けていた一人の男性がタバコを吹かした。
「どうですか?読んだ感想は?」
座ってる男性に向かって話を書ける男。
「ん?まぁ…その…良いんじゃないか?掲載決定だな。」
「良かったぁ……。」
「んで、タイトルをどうするんだ?」

「そうですね……。」



「『悲劇の皇帝……バウアーの半生』でどうでしょう。」

「良い、タイトルだ…。」
そう良いながら、男性は青空へ視線をやった…。