約束


『約束だよ、必ず世界一を取るんだ!』
『約束ダ、絶対ニ!』

−夢の俺だ…。小さいな…。誰だっけ?相手の子供…。思い出せないけど懐かしい感じがする。−

ピピピピ……。
夢から覚ます無機質な音。ゆっくり身体を起こすオーナー…。
コーヒーを自分で入れてベランダに出て眼下に広がる都市を見ながら。
「さぁ、今日も頑張るか!」

気合を入れてコーヒーを飲み干した。


年も明けて、今年のスポンサー契約からオーナーの仕事は始まる。
順調に決まると次には監督との契約が待っている。
昨年チームを引っ張ってくれた監督が年齢を理由に辞めたいと申した。年齢の事は以前から聞いていたから拒む理由が無かった…。
「どうしますか?一応、監督のリストアップは済んでいますが?」
秘書が言ってくれた。
「ありがとう、んじゃ後で部屋の方に運んでおいてくれ。」
オーナーはそう言うと部屋を出た。外に出てタバコを吸った。
「今日はいつになく渋い顔になっていますよ。」
苦笑しながら言っているのは、キャプテンの藤田俊哉選手。
「あぁ、前々から言っていたけど監督がチームを去ることになってな…。新しい監督の人選がこれから待っているんだよ。選手に負担をかけるようで悪いな。」
「気にしないで下さい。選手の事は俺に任せてしっかり人選してくださいね。流石に監督が下手だと俺でも手に負えない選手ばかりですから。」
「分かってるよ…。」
と、手を振りながら藤田選手と別れてクラブハウスへと戻る。

「さてと…。リストアップされている監督のチェックでもしますかぁ…。ん〜〜、この監督はちょっと経歴がな〜。こっちは駄目だな、新人じゃ使いようが無い。あぁ〜この監督は確か人柄が悪くて有名だったな〜。」
あぁ〜でもない、こぉ〜でもないと言うのはオーナーの癖だ。

机に重ねてあった監督のリストを床に撒き散らして机に足を上げて背もたれにもたれかかりながらまたタバコを吸った。
「こんなんじゃ、今年は危ないな…。まともな監督は他のチームに引き抜かれてしまったか。さて、どうしたものか…。」
その時、たまたま一人の監督の経歴にふと目が止まった。
他のオーナーなら雇わないような経歴だった。
だが、ちゃんとした実績もあり知る人ぞ知る監督だった。
それにオーナーは彼の名前に見覚えがあった。
オーナーはすぐに秘書に向かって一言叫んだ。

「いますぐ、この監督を呼び寄せてくれ!」
「今からですか?!本気ですか?」
「冗談を言う状況じゃない、とにかく頼んだぞ。」


次の日…。
朝、クラブに来るなり秘書が駆け寄ってきた。
「どうした?ダイエットでもしているのか、それならジョギングが良いぞ。」
「もういつもの調子に戻っているじゃないですか!昨日言っていた、監督ですがまだ何処とも契約を結んでいなかったみたいなので明後日には来日してくれるとのことです。」
秘書はそう言いながらもちょっと疲れた感じがしていた。

「そうか…。お疲れ様、とりあえず仮眠しておきな。そんな顔じゃクラブの顔が台無しだな。午後からまた部屋に来ればいいから。仕事は今日、少ないしね。」
「すっ、すいません…。では、何かあったらどうぞ遠慮なく起こしてください。」
よそよそしい態度でそう言っていた。が、オーナーは絶対に彼女を起こさないだろう。
自分の無理のせいで秘書は疲れたのだから。

「さて…真面目に仕事しますか……。」
部屋に戻ったからはさっさと書類に目を通した。
財務処理や、昨年の売れ残りのグッズに処分費用に関する書類…。
「もうこの作業を十数年続けているんだ。手馴れたものだよな…。」
正味一時間程度で書類への目通しは終了した。
そのまま、選手のもとへ向かう事にした。

「よう!やっているか。」
一声目がそれだった。振り返る選手…。
藤田選手が一番に駆け寄ってきた。
耳元で一言
「まだ監督決まらないんですか?人選はちゃんとしたんでしょうね?」
「オーナーをバカにするなよ。任せておけって。」
笑顔でキャプテンにそう言う。

「監督は決まったんですか?」
「そう、焦るな。お前らには今シーズンのためにやることがあるだろ?それに集中しておけ。監督は最高の奴を用意するから。」
笑いながらそう言ったもののまだ正式に決まってはいない。



クラブハウスに帰ると、秘書が居た。
「なんだぁ?もう少し寝てていいんだぞ?それに仕事は全部終わらせたから今日の業務はこれで終了だ。」
「あっ!あのぉ!」
何か言いたげな秘書を肩を持って。
「まずは寝なさい。これはオーナー命令だ。いいね。」
そういって、オーナーはコートを引っ張り出し部屋を後にした。
自分の家に戻るとベッドに倒れた。
そして、持ち帰った監督の資料に目を落としながら…。
「ようやく会えるな…。約束したもんな…。」




何年ぶりだろう…。この地を踏むのは…。ようやく会えるな…。
大分遅れてしまったけど…。
ようやく果たせるな…。


タクシーを捕まえて目的地へ向かう。
その車中にある景色は初めてのこの地に来た時とかなり違っていたがそれでも懐かしさがこみ上げる。
目的地に到着すると秘書の方だろうか?
とても綺麗な方だ。
話してみると凄く話し方も上手だ。
『うんうん、外国人を相手にする仕事にぴったりの人だ。その辺を見る目は昔から良かったもんな、アイツ。』

案内されたのは応接部屋だろうか?
機能的に仕上げられた部屋。開放感もあり、相手を緊張させないような造りをしている。
『やっぱり、いいところをつくな…。苦笑してしまいそうだよ。』





部屋で仕事を片付けていると秘書がやってきた。
「オーナー、面接を予定している監督の方が応接部屋のほうにいます。」
「わかった。」
手短に返事をすると身だしなみを整えて応接部屋へ向かった。

どう接しようか?盛大に喜ぼうか?いや、むしろ威厳を持って接した方がいいかな?
そんなことばっかり取り留めなく考えてしまう。
顔がニヤついているのが分かる。





部屋のドアが開く…。
そこには確かに見知った顔がある。
昔、自分と約束したオトコの顔が。
「私がこのチームのオーナーをしている。早速だが、我がチームは貴方を監督として招きたい。遠まわしにいう気も無いし、遠まわしに聞く気も無い。YESかNOかで答えてくれ。」
さすがというところだろうか…。
すっかりオーナーっぽくなってるな。
「もちろん、YESだ。」
「交渉成立だな、ありがとう。これで我がチームの監督だ。」
隣に居た秘書が年棒などを書いてある契約書を持ってきた。
それにサインをした。




「では、私はこれで…。」
そう言って監督は去ろうとしていた。
その背を呼び止めたオーナーは一言言った。
「お帰り、そしてこれからが約束を果たす時だぞ。」

「あぁ、分かっているさ…。世界一を取るんだろ。」

手を振りながら新しい監督はその場を去った。





そう、ようやく思い出した。約束を…。

それは「サッカーで世界一を取ろう!」
その頃は幼い少年とその子と同年齢だろう。
片言の日本語を必死になって喋ろうとする外国人の子供。
誰もが一度は約束するだろう、幼い頃の約束。
しかし、それを守れるものは数少ない。
それでも守ろう…。
こうして逢えたのだから……。