リスタート
〜胸に誇りを〜


ボールがゴールネットへ突き刺さる。



その瞬間に沸き起こる歓声


スタジアムが揺れ動く、大きな喝采。
それはたった一人の選手のため。


大きく、両手を天高くへ掲げる一人の選手。


グラーフ選手。



日本のクラブチームへの電撃移籍から早半年が過ぎようとしていた。
まだまだ現役の身体を保持しているところに驚きを感じる。

「グラーフさん、なんかオーナーから連絡ありましたよ。」
駆け寄ってきたのは澤登選手だった。
「ん…オーナーが?分かった、すぐに向かう。」
「俺もついていって良いですか?オーナー室の奥にあるマッサージ室に行きたくて。」
「澤登は変わらないな〜。」
そう語るグラーフ選手。

「んで、なんか怪我でもしたのか?」
「そうじゃないですよ、ただ疲労はその日のうちに取った方が良いって言ったのグラーフさんじゃないですか。」
「あははははは……忘れてた。」


歩く事10分

「それじゃ、ここでお別れだな。」

コンコン………。
「ん……入れ。」
「失礼するよ。オーナーどうしたんだ?」
「あぁ…気にするな。とりあえずその辺に腰掛けろ。」

何かオーナーの様子がおかしい。
何処か身体でも悪いのだろうか?


腰をかけるとオーナーの険しさがより増した。

『流石に、ちょい怖いぞ…。』
そう心の中で言っていると……。


「グラーフ……いまのオランダでの評価を知っているか?」


「あぁ?」
ちょっと情けないような声を出した。
「もちろん、知っているよ。ここに来る前の俺は酷かったからな。差し詰め、オランダの恥さらしだろ?」
彼自身がよく知っている。
度重なるクラブの解雇通達に嫌気を指したために身体を壊し、その覇気の無さから新聞や各雑誌は「オランダの恥さらし」などと書き立てていたこと。

「分かっているならそれで良い。オランダ代表がお前を呼んでいる。」

バン!!!!!

「はぁ!?それ、本当ですか?」
驚愕のため頭が真っ白になった…。



祖国の恥さらし……。
その俺が代表?



「気持ちを分からないわけじゃない。さっき電話を貰ってな。少々嫌気を刺した居たところだ。」
簡単に説明された。

ついさっき代表関係者から電話を貰った事。
またその内容が明らかに俺だけを差別扱いした言葉遣い。

沸々と彼の胸には怒りが湧き上がった。

『ふざけるなよ…ここに居る奴らを馬鹿にすることは許さない。』

無言で立ち上がる、グラーフ選手。


「俺…行きますよ。オランダへ。そこまで言われて黙っている俺じゃない…。」

「行くか……この書類を持って行け。」
そう言われ投げ渡された書類を持って出て行った。



オーナー室を出るとすぐにメドマンへ電話した。
「はい……なんですか?」
「あぁ、俺だ。すぐにオランダ行きの便の手配を頼みたい。それにお前も随行してくれないか?」
「えぇ、分かりました。というか既にオランダ行きの便の手配と随行に関してはオーナーから聞かされていましたよ。『多分、行くだろうから。スカウトの君もついて行ってやって欲しい』って。」

「…………何もかもお見通しだったというわけか。」
すぐに電話を切って部屋に戻った。
もって行くものはほとんど無い。あるとすれば、向こうでも当然サッカーをするわけだからその用具だけだ。
実際、オランダから日本へ来る時も本当に必要最小限の荷物しかなかったから。
「っと……忘れてた。コイツを持っていかないとな。」
そう言って手にしたのは2枚の写真

1枚目は日本に来る時に持ってきたオランダ代表時の写真。


2枚目は日本で初めて撮った写真……。
そこにはオーナーや監督・コーチ・クラブ関係者。そして何よりも一緒に戦った仲間達。
みんなと撮った写真だった。



「さてと……。」
グラーフ選手は書類に目を通した。
書類には、召集されたメンバーと代表監督とコーチ陣について記載されているのが1枚と、もう1枚には代表召集の間のスケジュールが書かれている。


「?!」
と次に言いかけた言葉を飲み込んだ。
しかし、随行で長い間グラーフ選手を見ていたスカウトはその一瞬で理解していた。長年の友を待ちわびたような顔を。


「ん〜〜〜〜長かったなーーーー。」
そう、グラーフが言っている頃、飛行機はオランダ上空を飛んでいた。

「そうですね。そろそろ着きますから。」
「あぁ、分かってるよ。」

到着すると、驚くべき光景が広がっていた。
プレスやファンは一切いない無名選手の凱旋のような扱いを受けた。それもそのはず、いくら日本で大活躍をしているといってもオランダでは未だに祖国の恥さらしのイメージが強い。

しかし、グラーフの目には不敵な笑みがあった。

『そうそう…これで良いんだ…いきなり評価なんてされるわけじゃない。』


空港でタクシーを拾い、オランダ郊外にある代表チームの合宿地へ向かった。
そこにはプレスも沢山いた。
グラーフが着くと、プレスがグラーフの乗ったタクシーに群がった。


「グラーフ選手、いまのお気持ちは如何でしょう?」
「恥さらしと呼ばれていますがそのことに関しては?」
「未だにオランダの風当たりは強いですが、どうでしょう?」

そんな在り来たりな質問が沢山飛び交った。
しかしその中に一つだけ、遠くから聞こえる質問が。


「日本での活躍は本当の実力でしょうか?」
「裏で何かしているのではないでしょうか?」
「貴方の所属チームのオーナーは駄目オーナーでしょう。」


笑い声が聞こえた。その声にいの一番反応したのはメドマンだった。
「言わせておけば……!!!!!!!!!あんた達、ふざけるのも。」

そういった瞬間にグラーフがメドマンの肩を掴んだ。
目がもう語るなと言っていた。

その中でグラーフが初めて語った。


「確かに俺は祖国の恥さらしだ。それは紛れも無い事実。だが、それを払拭するために来たんじゃない。祖国のために戻ってきたんだ。」

そう言うグラーフの声はプレス陣を黙らせるほどの覇気があった。


歩き出すと、自然とプレス陣が道を開け始めた。そして、ハウスへと入っていった。


俺が誰よりも知っていた……。
祖国に戻ればプレスが来る事を……。
そして、馬鹿にされる事を……。


それでも、俺はやるべきことをやらなくちゃいけない。

ここに居る代表メンバーとともに…。


部屋に入り、早速代表ユニフォームに着替えると練習場へ出て行った。

そこにはまだチラホラ選手が集まっている程度。
まだまだ、時間があった。

「ん〜……さてとやるか…。」

柔軟をこなすとせっせと走り出した。
ランニング程度に力を抑えながらも様々な運動をこなしている。が、あくまでランニング程度というのはグラーフにとってランニング程度。他の選手からすればハイペースのランニング。
そこに居た選手は驚いていた。
これが、祖国の恥さらしと呼ばれていた男の実力かと。



「集合!!!!!!!!!」
遠くからそんな声が聞こえた。
集まると本格的な代表合宿のスタートとなった。
代表監督はミクレス。トータルフットボールの生みの親でありながら監督としての手腕も素晴らしい世界を代表する監督だ。
グラーフは横浜ケルベロスに移る前にミクレスが監督をしていたチームに居た。
そこでの、口論は監督よりもコーチとの口論が原因で辞めたのだ。

コーチの紹介が始まるとグラーフを差別した理由がすぐに分かった。
そのコーチの中に居たのだ…。口論をしたコーチが。


『理由は分かった…。原因はコイツか……。』


「それじゃ…キャプテンの紹介だ。」
ミクレスがそう言うとなぜか視線はグラーフへと移った。

「グラーフ…君だ。」


野外に居たプレス陣は動揺していたが、その割に選手たちは平然としていた。むしろ、さも当然だろうと言わんばかりに。


「どうした、グラーフ?」
「あぁ?俺で良いのか?」
「なにを言っている、君以外に適任は居ないぞ。」


再度、周りを見ると肩を叩かれた。後ろを振り返ると……。
バステン選手とフォーリット選手・リッカート選手が居た。

「なぁ〜にしてるんだよ、お前がキャプテンだろ。」
そう背中を押す3人。


「あぁ〜キャプテンになるグラーフだ。よっ…宜しく頼むわ。」

ドッと笑いが出来た。グラーフのイメージには合わない紹介だったからだ。
そう、選手たちは知っていた。
日本での活躍が嘘ではない事、その試合の優雅さと実力を兼ね揃えた能力、誰よりもキャプテンに向いている事を。


「さぁ〜て、練習を始めるぞ。」
ミクレスがそう言った。
しかし、コーチは納得がいっていない。コーチは、正直グラーフが気に入らない。個人技だけに暴走し点を重ねるがチームメイトとはいざこざがあり何かいえば反論される。
どうせ、また同じような事をするんだとそう思っていた。



しかし、いざ練習が始まると、そのコーチの考えは打ち砕かれた。
ひたむきに練習をしては様々選手と話をし、コミュニケーションを図りその人の性格や個人技の高さなど推察しそのために策を練り続けるグラーフ。
パスなどの練習に入るとよりそのコミュニケーションに力が入る。

「あぁ〜駄目だ、ここはワンツーパスした方が断然良い。」
「いやでも…ドリブル突破が良いんじゃないですか?」
「うぅ〜ん…いや、こっちの方が良いな。後ろに3人控えているだろ?そうなると囲まれる可能性があるからワンツーパスで打開した方がチャンスが広がる。」
またグラーフは前線とのコミュニケーションを欠かさない。
特に、同じ中盤を担うリッカートとフォーリットとはプレスの仕方から守備の連動性、ゲームメイクの仕方まで事細かに話を続けながらも練習中にはそれを実践しては再度話し合い。
前線のバステンとはさらに詳しく話をした。色々な状況を想定しての攻撃の仕方やFKやCK・セットプレイの流れまで色々と話をしていた。
今までのグラーフには無かった行為だ。



そして紅白戦が開始されるとその中盤と前線が紅白戦の流れを掴む。
高い位置でのプレスで奪取したボールはすぐにグラーフへと渡され、フォーリットとグラーフのコンビでサイドを駆け上がり、中央で待っているバステンとの3人で巧みな技術と個人技を融合させて様々なチャンス生み出す。
ほぼ、全ての得点にグラーフが絡むという圧倒的な実力を見せつけた。


練習終了後、グラーフはサウナに向かった。
その道中を見る限り、以前のように孤立したグラーフではなかった。
そこには、多くの選手が。
もちろん、バステン選手やリッカート選手・フォーリット選手などオランダ代表選手が居た。


コーチもついにグラーフの実力を認めた。


それ以後、徐々にサポーターやプレス陣のグラーフに対する態度は少しずつだけど変わっていった。
練習はグラーフのハードな練習で徐々にみんなの力も底上げされ、グラーフ自身が横浜ケルベロスで学んだ様々な練習方法などを監督のミクレスや選手に教えていった。


代表合宿も順調に過ぎていき、最終日3日前に大きなホールに選手たちが集められた。

選手が集まるとミクレスが口を開いた。
「この1週間と4日頑張ってくれたな。そこで、最終的な仕上げとしてドイツ代表との練習試合を用意した。」
ざわめきが起こる。

そこに居た代表関係者ですら動揺していた。

バン!!!!!!!!!!!!!!!!!


「動揺するな!!!!!!!!!!!!!!」
一瞬で静かになった。


立っていたのは、キャプテンマークを付けているグラーフ。


「勝てないなんて無い。俺やバステン・フォーリットやリッカートが居るんだ。負けることなんて絶対にない。確かにプレス陣は無謀だといって囃し立てるだろう。関係ない。俺らは俺らのやるべきことをやるだけだ!!!!!!」

シーンとなった…静寂がその場を支配した。

しかし、徐々に巻き起こる言葉の数々。


「さぁ!やることは決まっている。」



「勝つんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
代表関係者・選手・監督やコーチたちがそう叫んだ。





最終日前日に行われた総仕上げとも呼べる試合。
相手はドイツ代表。
世界ランキングでは、ほぼ同じ順位。しかし、戦歴を見るとオランダが負け越している。

蓋が開いてみれば結果は1−5と凄いものだった。

グラーフがCKでは、絶妙なクロスを上げプレスでは中盤の運動量がドイツを圧倒し、最終ラインは堅実な守備で攻撃をシャットアウト。
バステン選手のシュートが決まると、今度はグラーフ選手のロングレンジシュートが決まる。
流れが一度でもドイツにわたることが無かった。
ボールの支配率もオランダが圧倒。ドイツ代表が打てたシュートはたったの2本。対して、オランダが打ったシュートは合計で8本。それを見ても明らかに格が違う。


そして、代表合宿も終わり日本へ戻る日。
空港には大勢のサポーターとファンが居た。プレス陣も沢山居る中での日本への凱旋となる。
多くのサポーターの中に子供が俯いているのを見つけた。
グラーフはその子に近寄った。

「どうしたんだい?」
「んとね…僕ね…グラーフさんを馬鹿にしていたんだ。」
「ん……それで?」
穏やかにそうグラーフは言った。

「日本に戻る前に一言言いたくて……ごめんなさい。」
泣いているのだろうか、嗚咽が聞こえた。


「いいや、良いんだよ。馬鹿にされるような事をしたんだからね。今度、日本においで。君の好きな選手が世界一輝いているところを見せてあげるよ。」
その子供の頭に手をやりながらそう言うと、彼は大切にしていた2枚目の写真をその子の手に握らせ日本への便に向かっていった。