リスタート 〜終焉の軌道〜 |
奇跡の復活を遂げ、祖国の恥さらしと呼ばれた選手。 グラーフ……。 Jリーグファーストステージがスタートして1ヶ月経った4月。 「ふっ!ふっ!ふっ!」 ガッシャーン、ガッシャーン、ガッシャーン。 トレーニングルームで筋力の維持に努める、グラーフ。 その横には、いつも澤登が居た。 「やっぱり、グラーフさんは凄いですよ。とても35歳には見えないですよ。」 「ん?そうか・・・あんまり考えたことが無いぞ。」 「そうですよ、凄いですよ。年齢とは無縁なんですか?」 「無縁なんかじゃない…。誰だって年齢には勝てないものさ…。」 「グラー……フさん?」 そう言うと、グラーフはトレーニングルームを出て行った。 確かに身体を見れば35歳とは到底思えないだろう。それでも、年齢には勝てない。心肺機能の低下も徐々にではあるがメディカルチェックなどで出てきている。 『そろそろ引退を考えるか?いや、まだだ。今年のJリーグが終わるまで考えるな。』 そう言い聞かせた。 Jリーグファーストステージ第三節終了時点で横浜ケルベロスは1位。 得点10点、失点0点と高い攻撃力と守備を見せていた。またアシストランキングではグラーフが5アシストとダントツのトップを走っている。 今日の練習を終えて、監督から全員集合をかけられる。 そしてそこにはオーナーの鷹氏が。 いつもの恒例というやつだ。 この恒例は、このクラブが発足された時からありその要因はこのクラブの近くにあり、このクラブ発足と同時期に立ち上がったオイリス秦野。 ダービーマッチのある試合の前日には必ずオーナー自身が激励に来るのがこのクラブの恒例だ。 「あぁ〜なんだ…。凄くピリピリしているのを感じるのは俺だけか?」 話しているのを聞く限りじゃ激励というよりは緊張をほぐしているような感覚だ。 「さてと…次節の対戦相手はライバルのオイリスだ。怪我無く帰って来い。分かったな。」 「はい!!!!!!!!!!!!」 そう返事した選手にグラーフも居た。 「では、ゆっくり休んで明日に備えろ。」 監督のこの一言で今日の練習は終わった。 「グラ〜〜〜フさぁ〜〜ん〜〜〜〜。」 遠くから声が聞こえる。振り返れば、大声を上げているのは澤登。 「どうした?」 そう、グラーフが聞き返すと。 「グラーフさん、明日の試合どうなりますかね?」 「明日の試合か〜まぁ、なんとかなるんじゃないか?怪我無くいつものプレイをすれば。」 「そう……ですよね。」 澤登は嫌な予感がしていた…そう、あまりにも辛い何かがあるような気がして。 「皆さんの耳にも届いているでしょうか?このスタジアムに響く声と地響きのような振動。そう、いまからダービーマッチが開催されます。水沼さん、この試合どうみるでしょうか?」 「そうですねぇ〜チームの状態からすれば横浜ケルベロスが一つ上をいくでしょう。」 選手入場が始まって電光掲示板に選手の紹介が始まる。 「横浜ケルベロスキャプテン、グラーフ選手ーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」 ワワワワワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! スタジアム中から鳴り響くグラーフコール。 その歓声にこたえるように左手を天高く掲げるグラーフ。 試合が開始した。 ダービーマッチであろうと横浜ケルベロスの調子のよさは変わらない。グラーフがアシストして得点を重ねる一方的な展開。前半を回った時点で3点をリードする展開。このまま突き放しをかけたい横浜ケルベロスだが悲劇は後半に待っていた。 後半32分、グラーフのドリブルを止めようと秦野のDFがスライディング。 ブチッ!!!!!!!!!!!!!!! 「ウワァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」 スタジアム中に響くグラーフの叫び声。 声援が一瞬で消えた。 その間も激痛に悩むグラーフ。急いで医療班が向かう。 「グラーフさん!」 「グラーフさん、しっかりしてください。」 「グラーフさん、大丈夫ですか?」 スタメンがグラーフの元に走り出す。 すぐにグラーフは医療班によってピッチ外へ出された。 心配そうにグラーフを見るスタメンに大声で。 「俺は大丈夫だ!」 そう言った。 その後の試合は、グラーフ選手の抜けた穴を澤登選手が埋めるが、それでもグラーフが抜けた穴は大きく後半に2点を取られる。 最後は、きっちり守った横浜ケルベロスが勝利した。 病院に搬送されたグラーフの付き添いでスカウトのメドマンが同行していた。 「試合は…どうなった?」 グラーフは心配そうに聞いた。 「えぇ、2点取られましたが勝ちましたよ。貴方の後継者となる澤登正朗選手を中心としてね。」 「そうか…。厳しいな。」 「病院の廊下が五月蝿いな。」 「えぇ…。多分、チームメイトでしょう。」 ドタドタバタバタ……。 勢い良く扉が開かれるとユニフォーム姿のチームメイトが居た。 「グラーフさん、怪我大丈夫ですか?」 「あぁ、それは良い。ギリギリで勝ったんだってな……。」 「えぇ?あぁ……はい。」 「馬鹿野郎!俺が抜けたぐらいで2点も取られて。勝てる試合だろ!」 怒声が病院を駆け抜けた。 「さっさと、練習に戻れ。」 「でも…………。」 「良いから!戻れ!!!!!!!」 その張り詰めた声にチームメイトは病室を後にした。 「良いんですか?あんな形で追い出して。」 「あぁ、けが人に構っている暇は無い。今は練習を多く積む時期だ。」 練習場に戻ったチームメイトは、グラーフの言葉を思い出していた。 チームメイトの誰もがグラーフの言いたい事を知っていた。 たかが一人抜けた程度で負けるチームじゃない!ってことを。 オーナーが静かに言った。 「グラーフの怪我は、右足アキレス腱断裂で6ヶ月の重傷だ。」 チームメイトに動揺が走った。が、続けてオーナーは話を続けた。 「だが、それでもチームは戦い続けなければならない。グラーフの抜けた穴は大きいがグラーフはファーストステージ優勝すると信じている。それに応えてやるのがチームメイトじゃないのか?」 しばし、静寂がその場を支配した。 その後の練習では一切話し声が聞こえない。 しかし、その話し声は遊ぶ半分の声ではない、必死になってコミュニケーションをとる者、前線との連携を何度も何度も確認する声。最終ラインの怒声。監督の大声での指示。 グラーフの抜けた穴をチームが一丸となり埋めようとしている。その必死さが練習に現れた。 グラーフが抜けたことによるケルベロスの低迷を予想していたプレス陣やサッカー関係者を打ち砕くように横浜は連勝に連勝を重ねた。確かに厳しい試合もあった。それでも、グラーフのことを考えて試合をした。 そしてファーストステージ13節にして優勝を決めた。 プレス陣のインタビューに答える、横浜ケルベロスの面々。 「優勝の要因になったのはなんでしょうか?」 「もちろん、グラーフ選手の激励のお陰です。」 「では、そのグラーフ選手へ何か一言ありますか?」 この質問に選手達は。 「これで満足ですか、グラーフさん!!!!!!!!!!!」 そう、声を出してテレビカメラに向かって言いました。 それを見ていた、グラーフは。 「あぁ、大満足だ。それでこそ、俺の認めたチームメイトだ。」 そう、満足気な笑みを浮かべてテレビに向かってそう言った。 その目は父親のように温かかった・・・・・・。 さらに月日は流れ・・・・・・ 夏のチーム強化合宿を終えていよいよセカンドステージへとJリーグは進行する。 しかし、ファーストステージで横浜ケルベロスに敗れたチームがこのまま大人しくするはずも無く、他のチームは横浜ケルベロスを徹底的に研究を重ね、戦術、キーマンなど徹底的に調べつくされていた。 セカンドステージが始まると初戦から横浜ケルベロスは苦戦を強いられる。 チームのキーマンとなりつつあった澤登選手が徹底的なマークにあい思うような試合運びが出来ず、守備ではファーストステージで目立たなかった穴を徹底的に攻め込まれ再三のピンチを招いてしまう。 セカンドステージ10節目現在の順位 1位 オイリス秦野 10戦7勝1敗2分 勝点23 2位 横浜ケルベロス 10戦6勝0敗4分 勝点22 と接戦を演じる緊迫した状態が続いている。 この状況であの名選手が復活を遂げることになった。 ある日のクラブのグラウンドに一人の男が立っていた。 それぞれ選手がグランドへ向かう澤登登選手はその影に気付いた。 「ん?・・・・・・・・・あれは・・・・・・・」 そして選手は駆け寄った。 「グラーフさん!!!!!!!!!!!!!!!!!」 「もう、大丈夫なんですか?」 「心配していましたよ、大丈夫ですか?」 口々にグラーフの足を心配する声が聞こえる。 チームメイトを見渡しながらこう言った。 「俺は今年で引退する!!!!!!!!」 いきなりそう切り出した。 「えぇ・・・・・・?嘘でしょ?」 最初に言葉を発したのは澤登選手だった。 「ほら・・・前みたいに一緒にプレイしましょうよ。もっと色々と教えてくださいよ。」 ふら付きながらグラーフ選手の下に寄っていった。 「ん?いまからじゃないぞ。もちろん、このセカンドステージを優勝して完全優勝に華を添えてから引退だ。それに急にじゃない、年の初めから考えていたさぁ。」 さらにグラーフは言葉を続けた。 「病院のベッドからお前たちに試合を見ていてな、俺がいなくてもお前たちは十分強い。残りの試合に俺の全てを教えてやるから覚悟しておけ。」 悲しみも超えて笑顔でそう言い切ったグラーフ選手を横でじっと見ていたメドマン。 「とりあえず、オーナールームへ向かうから練習していろよ。」 「はい!!!!!!!!!!!!!」 そういって今までの静寂した雰囲気が明るくなった。 オーナールームへ向かい途中。 「本当に良いんですか?選手生命が絶たれる行為ですよ?まだ完治していない状況の足で試合なんて。」 メドマンは悲しげにそう聞いた。 「あぁ、ここまでサッカー生活をすることが出来ていまの自分に満足している。今度は俺がこのチームのために何かをする番だ・・・もしその行為が俺の足を壊す事になっても・・・・・・。」 「グラーフさん・・・・・・分かりました。ただし、約束してください。オーナーやコーチだけにでも必ずその旨を伝えてください。私が必ず皆さんを説得してみせます。・・・・・・こうなったら、トコトン付き合いますよ。」 「ありがとう・・・・・・それと今まで迷惑を掛けたな。」 そういうとグラーフ選手はオーナールームへ入っていった・・・。 「とんでもありません・・・私も貴・・・・・・方と出会えて本当に・・・・・・・・・嬉しかっ・・・・・・たです。」 閉じるドアに向かいメドマンは泣きながらそう伝えた・・・。 グラーフの意思に誰も刃向かいませんでした。 その意思を誰よりも尊重したのがオーナーの鷹氏だった。 最後に鷹氏はグラーフに向かった一言聞いた。 「本当に後悔しないな?自分の足を犠牲にして・・・・・・。」 「悔いがあったらやりませんよ・・・・・・俺を救い出してくれた貴方のチームだからこの身を犠牲にしても良いって思えたんですから・・・。」 「そうか・・・なら・・・俺やコーチから言う事は無い・・・。スマン・・・・・・。」 そう鷹氏は、グラーフの背中にそう言った・・・。 いよいよ11節目からグラーフ選手が復帰した。 そして、チームはキーマンとしてグラーフと澤登選手を指名しより強い中盤を実現した。 11節、12節。13節、14節と。 横浜ケルベロスは高い攻撃力で次々と相手チームを撃破していきます。 しかし、ライバルのオイリスも負けてはいません。 横浜ケルベロスと共に試合を勝ち進んでいきます。 そして最終節。 横浜ケルベロスの対戦相手は、鹿島アントラーズ。 対して現在首位のオイリス秦野の対戦相手はジュビロ磐田。 試合開始時刻が共に13時ジャスト開始。 ピーーーーー・・・・・・・・・。 離れた両スタジアムで13時丁度にホイッスルが鳴らされる。 90分が経つ頃には両者の運命が分かれる・・・・・・。 開始10分、横浜ケルベロス対鹿島アントラーズの試合が動いた。 中盤でパスをまわし敵を翻弄する横浜ケルベロス。 そこから前線へロングフィード。それを受け取ったFWが強烈なミドルシュートを放つ! そのボールは美しい軌道を描きながらゴール左上隅へ決まった。 しかし、首位を走るオイリスも試合開始15分には点を取る。 だが、この得点が両者の対戦チームに火をつけることになる。 横浜ケルベロスの対戦チーム、鹿島アントラーズはサイド攻撃を中心に中盤の要、グラーフ選手と澤登選手を徹底的にマークし攻撃を起点を作らせずに試合を運び、ついには深井選手が同点弾を決めてしまう。 ジュビロ磐田は、オイリスの超攻撃的な攻めを上手く利用しカウンター攻撃を仕掛け見事に同点弾を決めていく。 その後は両者動かず前半戦が終了する。 横浜ケルベロスのロッカールームでは、気になるオイリスの試合状況を包み隠さず報告した。 それを聞いたグラーフは。 「まだまだ!いける!やるぞ!!!!!!!!!!!!」 「おぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」 士気を上昇させていたが、グラーフはその陰で激痛に悩んでいた。前半戦で徹底的なマークにあい完治していないアキレス腱を酷く痛めていた。 『まだまだ・・・・・・大丈夫だ。いける・・・選手生命がどうなろうと知らない。チームメイトに教えてやるんだ、俺の全てを。』 痛む右足を抑えながらスタジアムへ向かった。 両チームの後半戦が開始した。 前半戦以上の攻撃姿勢を見せるオイリスに対してジュビロ磐田はカウンターで挑んでいた。 そして、後半25分に同じ過ちを繰り返しジュビロ磐田が逆転した。 その情報は、すぐに横浜ケルベロスのコーチに伝えられた。 「なにぃ!?・・・・・・ならこの後半になんとしても1点もぎ取る。選手たちにもそう伝えなければ。」 「良いか!!!!!!!!!!なんとしても1点もぎ取れ!!!!!!!!!!」 「そうすれば優勝に手が届くんだ!!!!!!!」 普段は声を出して指示を出す事の無い監督が叫んだ。 この一言がさらにチームの士気を高める。 鹿島アントラーズのスライディングがグラーフの完治していない右足へ向かった。 声にならない苦痛に歪むグラーフ。 そして、それを見て初めてチームメイトは右足がまだ完治していない事に初めて気付く。 詰め寄ろうとした選手たちをグラーフは制した。 自分の怪我が相手に知られる事を酷く拒否したのだ。 あくまでプロとしてフィールドに立つ人間の誇りだった。 残り5分となっても、試合が動かない。 痛めた右足を、引きづりながら試合を行うグラーフ選手に触発されさらなる攻撃を見せる横浜ケルベロスに対して徹底的なマークと守備で攻撃の隙間すら与えない鹿島アントラーズ。 しかし、徐々に変わっていくことがあった。それは徹底マークの相手だ。 最初は中盤の要グラーフを徹底的にマークしたがそのマークの矛先が徐々にだが澤登に変わりつつあった。そうなれば必ず穴は生まれる。 そう考えたのは、他ならぬ澤登選手だ。 そしてついに空いた穴にめがけてパスを送る澤登選手。 虚を疲れた鹿島アントラーズ陣。 パスを受けたグラーフ選手と鹿島アントラーズGK曽ヶ端との勝負になった。 しかし、グラーフは圧倒的な不利に立たされていた。 右足を痛めているグラーフにとって右足を振りぬく事は選手生命を絶つ危険な行為だから。 だが、後ろを振り返らない。 自分で決めたこと。 自分を変えたくれたチームのため。 自分が出来る事。 その結果、二度とサッカー選手として生きていけなくても良い。 ならば振りぬく・・・このチームへの恩返しだ。 グラーフは勢い良く足を振りぬく。体中に走る痛み。それと同時、アキレス腱の切れる音。 そしてボールの行方は・・・・・・・・・。 それを知る前にグラーフは気絶してしまった・・・。 時は流れ2年後・・・・・・。 あの試合・・・最後に放ったボールだが、その前に既にグラーフの右足は限界を迎えていた。そのボールは美しい軌道を描けるはずも無く地を這うように転がっただけだった。 結果、得失点差で2位となりセカンドステージが終了。 グラーフの抜けた穴の影響からチャンピオンシップも落とした横浜ケルベロス・・・。 しかし次の年のファースト・セカンドステージは驚異的な得点力で完全優勝を果たす事が出来た、横浜ケルベロスにはグラーフの全てを受け継いだ澤登選手が居た。 そしてその悲劇の選手のグラーフは・・・。 母国のオランダに戻り療養生活を送っていた。 そしてその手元には2通の手紙があった。 一つは、自分が最後に所属していた横浜ケルベロスからの手紙。 もうオランダ代表召集から帰る便の時にあった子供からの手紙だった。 「覚えているでしょうか?僕はグラーフさんがオランダ召集から日本へ向かう便のときに声をかけて もらった子供です。最後の試合見ました。あの試合、どんな決意で臨んだのかよく分かりません。ス タジアムへ行く事も叶わなくなってしまいました。けど、あの最後の試合を見れた事はスタジアムへ 行く事よりもとても嬉しかったです・・・。僕もいまサッカー選手として小さいクラブで頑張っています 。 いつか見に来てください・・・・。」 「父さんへ・・・・・・・・・・・・。貴方の息子、ジョルディクライフより・・・。」 爽やかな風が病室を駆ける・・・。 空は何処までも青く透き通っている・・・・・・。 あの時、横浜ケルベロスのスタジアムを踏みしめたように・・・・・・何処までも青く・・・・・・青く・・・・・・・・・。 |